昨日、第62回羽生地区市民運動会が開催されました。私も含め町内役員は朝6時集合トラックにテントを始め資材を積んで会場の羽生北小学校へ市内の10の町内が同じくテントを張り床にシートを敷き選手を迎える準備をし、8時30分の開会を待つが、みんなが役割を持っているので7時30分からは開会の前の準備と役割の説明と続く私の所属する相生町は嘗て市の中心で昭和の時代は活況を制していたがそれも今は昔の話、町内の人口も半分に減り選集を選ぶのも大変、いくつかの競技はメンバーが足りずに欠席、人口が増えているエリアと減り続けているエリアは設営テントの人数を見れば一目瞭然、全21種目、全部参加できる所と半分の競技は欠席という町内までいろいろ、嘗ての中心部ほど衰退が激しい。そんな中「奇跡」が我が町内に起こった半分の競技が終わったお昼の段階でまさかの暫定一位、テント内に激震が走った。みんなから出た声は「ヤバイ」これは一位になると三週間後に開かれる市民総合運動会に主力で参加しなくてはならなくなるので、また同じ労力が発生するという意味での「ヤバイ」である。最終的には総合二位、本大会への参加はありますが主力は一位の町内で準備するので、みんなの中にも安堵の声が、夜の反省会は結果が良かったことと一位にならなかったことへの喜びであふれていました。でもなぜ準優勝できたかというと人口の多いところは毎年メンバーが変わりますが、人の少ないところは同じメンバーで5~6年同じ競技に参加することによりスピード競技以外は熟練工の技が光るのです。


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